「口堅い?」

言った瞬間に馬鹿なことを聞いた苦々しさが口に広る。グロスマスターKは例の不可思議な真顔で「堅いっす」と答えた。まあいい。どちらにしてもそれほどの話じゃない。僕はもったいぶって話を始めた。

高知の競馬場は市の中心から車で南に、つまり桂浜の方に15分ほどのところだった。今をときめくハルウララですっかり有名になったがその日はウララちゃんの出走もなく人もまばらで、まあのどかというかうらさみしいというか……。僕の知っている競馬場の雰囲気とは別のものだ。

入り口あたりですごすごと帰途につく見知らぬおじさんから不運のバトンのように渡された競馬新聞を開いてみるとゲートインしてちょうど出走間際のレースは第五レースのようだった。僕はやけにのどかなゴール前の芝生の上でレースを眺めた。第四コーナーを回ってラスト200メートルのあたりでやっとスタンドからおざなりな歓声が沸き、やがて大多数の溜息によって第五レースは終わった。

今日は一レースだけ、それも連複の一本買いと決めていた僕は第六レースの出走馬の名前を読み上げていった。

一番ハナノクビカザリ。ハルウララに勝るとも劣らぬ心温まる名前ではないか。大いに気に入った。僕が競馬に熱中していた高校生の頃にタイガースがヒットさせた曲の名前だ。こうなったらこの馬と運命の繋がった馬をもう一頭探せばいい。あれやこれやの連想とこじつけを駆使しながら読んでいくと、いたいた。九番の馬の名前はスーパーダンディー。腰をくねらせ熱狂する観客に帽子を投げるジュリーこと沢田研二の姿が目に浮かぶではないか。僕は躊躇うことなく1,9の連複馬券を1000円買い、安心してパドックに向かった。

「なんや、あの馬」

えらく小さい。嫌な予感がして番号を見ると一番、おいおい、ハナノクビカザリ嬢ではないの。明らかに他の馬より一回り小さく、なんだか観光牧場のポニーみたいだ。九番のスーパーダンディーはと見ると首をうなだれ、トボトボとどこかいい味をだして歩いている。

『どこがダンディーやねん……』

ぼんやりと日陰で煙草を吸っていると出走時間が近づいていた。僕はスタンドの一番上に座った。ファンファーレもどよめきもなくいきなりゲートが開き、レースが始まった。ダンディー君は意外にも二番手の好位置で頑張っているがハナちゃんは派手に出遅れて最後尾をけなげに走っている。そのままほとんど動きもなく第三コーナーを回ったあたりでようやく馬群がばらけて第四コーナーにさしかかった。

あれれれ……?

僕は最後尾から意外なほどの勢いで他の馬を抜き去る小さな馬に目が釘付けになった。そして残り100メートルあたりで遂に二番手まで上がった時に僕は初めてトップの馬の番号を見た。九番!「あれま、ジュリーやんけ」場内アナウンスもなく、気の抜けたスタンドのざわめきと共にレースはそのまま終わった。僕は勝利の煙草を吸いながら着順表示板の決定ランプを待ち、点くやいなや払い戻し機のところに飛んでいって当たり馬券を機械に差し込んだ。18400円。オッズも見ずに買った馬券は18.4倍だった。

話終えた僕をKは恨めしそうな目でにらんでいる。

「すばらしいですね」これは悔しかったり腹が立ったりやりきれぬ時に発するKの口癖なのだ。今日のはかなりねっとりと濃厚である。僕は大いに満足してその時の競馬新聞をとりだした。この続きは次回。