前回までのあらすじ

ANA仙台伊丹便のビジネスクラスに僕が乗り込むと一人の男が待っていた。舛添大臣だった。その不安げな表情から僕は彼の思考も感情もすべて読みとった。僕は彼を手招きし、耳元でささやいた。

「大丈夫、次の総理は多分福田さんだよ。そして彼は間違いなく君を再任する。君は何も心配せず今の問題に取り組めばいい。そういうことさ」

舛添大臣は目を見張り、誰にともなく大きく何度も頷いた。

僕は彼の肩に手を回し、近くのシートに座らせると小声で付け加えた。それは年金問題を解決する秘策だった。舛添氏はしばらく座ったままギョロ眼を宙にさまよわせていたがいきなり飛び上がり、脱兎の如く機外に走り出した。その後を太ったSPが慌てて追った。

「やれやれ……」

僕は自分のシートに座ると隣にキャメロン・ディアスが座っていた。彼女は訳のわからぬ溜息をもらし、僕にしなだれかかってきた。僕はそのバカ女をふりほどき、左右の頬に一発ずつビンタをくれると静かに言った。

「お嬢さん、旅のアーティストに惚れるとろくなこたあありやせんぜ……」

仙台の三日間の疲れがドッと出たのか僕は飛行機に乗るや否や寝てしまったらしい。

だが目を覚ましても飛行機はまだ離陸しそうになかった。ボンヤリ機内を見回すとその理由はすぐにわかった。団体の大阪のオッちゃん達が大騒ぎしながらでかい荷物を頭上のラゲッジスペースに無理矢理押し込もうとしている。

『いったい何を大量に仕入れてきたんや?お前ら闇市でも始めるんか……』

さすがのキャビンアテンダントもほとんどキレている。

「お手伝いしますからご自分のシートに早くお座り下さい!」

大阪オヤジ達はそんな殺気だった雰囲気には委細お構いなく、いや、むしろ喜んでさえいるように見えた。

「この飛行機えらい暑いわ。窓開けてえなあ」

「なんやうるさあて眠れんわあ、エンジン止めてんか」

そんな気の抜けたギャグとキャビンアテンダントの叫声が入り乱れる中、ようやく飛行機は20分遅れで離陸した。

僕の前後には例の大阪オヤジが二人ずつ座っている。だがさっきまであれほど上機嫌にはしゃいでいたオヤジ達は夜空のフライトに頭が冷えたのかえらく神妙にヒソヒソ話を始めた。そうなると聞いてみたくなるのが人情というもので、僕は先ずシートにぴったりと背をつけ、後ろの二人の話に聞き耳を立てた。

「あのな、あいつな、抗ガン剤いってるらしいで」

「ホンマかいな?」

「抗ガン剤、キツイからなあ……」

「そやて、キツイキツイ……」

なるほど、楽しく語る内容ではない。今度は前の二人の話を聞くために僕は身を乗り出した。

「ワシな、実はな、無呼吸症候群いうやつでな、しかも呼吸止まってる間心臓も止まるんやで」

「ワ!むちゃくちゃやな、ホンマかいな」

「ホンマやで。せやからペースメーカー埋め込んでるんやんか。ポケットにはいつもニトリ持ってるし……」

『ポケットに家具屋が入るか、アホ!ニトロじゃ!』

内心つっこみを入れながら僕はシートに背をもたせ、オーバルの窓に額をくっつけて真っ暗な日本の夜を見下ろした。

大阪産とはいえオヤジは哀しい。おもろくて派手ばかりではない、しみじみとした生活がそれぞれにあるということ、なのだ。

さて、翌日。仙台のレトロ喫茶店「珈巣多夢」の炭焼きマンデリンを携え、僕は岡山珈巣多夢ことグロスのカウンターにいた。グロスマスターKはいつものビミョーな表情で炭焼きマンデリンに湯を注いでいる。Kの入れてくれたかのマンデリンは確かに炭の香りがした、ような気がする。焙煎の熱源が香りに影響を及ぼすものなのかどうか、本当は知らない。でもそんな気がした。

珈巣多夢の話をするとKはネットで調べ始めた。みちのくの地の同胞の正体を知りたいのだろう、どことなく嬉しそうだ。幸い珈巣多夢はホームページを作っており、Kは「お友達になりたいですねえ」などと言いながら満足そうに眺めていたが急に表情が曇り、僕をにらんだ。

「二軒ありますよ」

どうやら同じ経営者が仙台市内で二店舗を営んでいるらしいのだが、それで何故僕がにらまれなければいけないのかわからない。

「やり手なんじゃないですかあ?」

そういうことか。Kにとっては二店舗持っているということはやり手であり、やり手であるということは同胞ではない、ということらしいよ。わかるような気もするし、わからないような気もする。岡山のオヤジはややこしくて、やはり少し哀しい。